NASREC:独立行政法人 水産総合研究センター さけますセンター
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コラム:サケの産卵行動に遭遇して

朝起きて窓を開けると、清々しい空気を感じるこの季節。河畔では木の葉も徐々に色づき始め、川の中は1年で最も彩られる季節が訪れます。ここは千歳川上流部。市の環境保全区域として豊かな森林景観が保たれた中に、さけますセンター千歳事業所は位置しています。


川の中をのぞいてみると、淵の中には“婚姻色”と呼ばれる鮮やかな色彩をまとった、サケやサクラマスの親魚が群れをなしている姿が見えます。サケは約4年、サクラマスは1年の海洋生活を経て、この河川上流部まで産卵のために帰ってきました。

サケは古くから日本人の生活と密接に関わってきた魚で、各地に様々な食文化を生み出してきました。一方サクラマスは、ここ北海道では沿岸の定置網や一本釣りで漁獲され、春を告げる魚として私たちの食卓にのぼる魚です。しかし、環境の悪化にともない資源が減少し、さけますが生まれた川に帰ってきて産卵をするという、北日本の秋を代表する風景が失われつつある地域が数多く存在します。

私たちが生き物を扱う仕事をする上で、一番のお手本はやはり自然です。放流する魚がどのような生活を送るか。野生の魚の場合はどうなのか。そんな原点回帰的な取り組みも一部で始まってきました。その一環として、今年は生態調査で千歳川上流部に入り浸っています。文字通り、ドライスーツという体が濡れない潜水着を身につけて、川の中に潜って魚を観察しています。


9月某日、調査のため川を訪れました。川辺を歩いていると、陸上から産卵床を掘るメスのサケを発見しました。隣にはペアリングしているオスの姿も。その後ろには、あわよくばペアに割って入ろうと企む劣位オスの姿も観察できました。

以前、こんな興味深い話を聞いたことがあります。「産卵に夢中になっているサケは逃げない」という話です。ただし、この話は、産卵の回数が一生の間に何回あるかにより(種によって)異なるとか。それならどれだけ近づけるものか試したところ、なんとペアから1.5 mほどの距離まで四つん這いの体勢で近づいても、産卵を放棄することはありませんでした。メスは何度も何度も、尾ビレで河床を掘り、卵を産む産室を作っていきます。


観察を開始して、かれこれ1時間半が経ち「そろそろ産むかな?」と思った頃、陸上から子供達の声が聞こえました。千歳事業所構内のさけの里ふれあい広場に見学に訪れていた、地元の小学生達でした。一旦、水から上がり「ほら、あそこでサケが産卵の準備をしているんだよ」と指さし、ペアの後ろにいる劣位オスのことも説明。すると「どうやって産むの?」、「後ろにいるオスは邪魔して卵を食べちゃうの?」、「後ろのやつズルいぞ!」など、子供らしい意見や質問が次々と出てきました。

そうこうしていると、なんと説明している目の前でサケが産卵しました。それと同時に、下流の溜まりで産室からこぼれ落ちる卵を狙っていたウグイが押し寄せ、それをオスサケが威嚇。子供達からは「何?!今産んだの?」、「水が白くなった!」、「後ろのサケも入った!」など。目の前で行われた野生の営みを目の当たりにし、興奮している様子でした。この時、肌で感じたのは、あらかじめサケの生態について施設でレクチャーを受けていたせいか、初めて目の当たりにした光景でも、子供達は“納得”できたのではないか、ということです。まさに理想的な環境教育の形ではないかと思いました。

四つん這いで粘った末、産卵の瞬間を撮影できなかったのは残念でしたが、不思議なもので気分は晴れ晴れしました。近年では人工孵化事業の取り組みの結果、魚が安定的に戻ってくる川が増え、サケが産卵する光景が見られるようになってきました。魚が増えた結果、安定した漁業が成立し、なおかつ次の世代に残せる“何か”を創り出す仕事もあって良いのではないかと思った1日でした。


千歳事業所の構内ではこれからの季節、引き続きサケの産卵が見られます。サクラマスの産卵は、ちょうどこれからはじまります。ポイントは構内の孵化場橋の周辺です。施設を見学された後に、ちょっと川を覗いてみてはいかがでしょうか?運が良いと産卵行動を観察できるかもしれませんね。水面の照り返しを抑える偏光グラスを持参されると、観察しやすいです。

(2007年9月 さけます研究部技術開発室 今井 智)